選ぶべき道を知る

主を恐れる人は誰か。主はその人に選ぶべき道を教えられる。(詩篇25:12)

神の導きを信頼して、神に繋がるとき、次々とアイデアが与えられるようになります。そして、それを実行する力が湧いてくるのです。なぜならあらゆるものに勝っている神の力が共に働いていてくださっているという確信が恐れをなくすからです。

私たちが行動に出れないときは、恐れが大きな障害になっていることがあります。

神から与えらえたアイデアは神が後押ししてくださると思えるとき、恐れを乗り越えて大胆な行動に出ることができるのです。

時々、神に信頼して委ねると、自分の進むべき道を持たずに漂流しているようだという人がいます。

本当の神との結びつきが強くなるときには、あなたの中にはっきりとした使命が自覚されるようになり、そのためにやるべきことも極めて明確になり、やる気も与えられるのです。

私たちは神の創造物です。

あらゆるものには創られたときに意図があります。

コップや机が同じカテゴリーに入れられていても、それぞれの形によって、全く用途が違うように、私たち一人一人にも異なった使命があるのです。

創られたものの目的は、創ったものが一番よく知っています。

私たちも神とのつながりが強くなるときに、自分の進むべき方向性がはっきりと見えるようになり、なすべきことが明確になり、日々、それに向かって全力を尽くすようになるのです。

そのときに、あなたの人生は驚くような展開を見せるようになるでしょう!

エベレストへのチャレンジ

エベレストへのチャレンジ

人にはできないことが、神にはできるのです。(ルカ18:27)

三浦雄一郎さんは80歳エベレスト登頂最高齢記録を持っています。先日その記録更新に挑んだ、85歳のシェルチャンさんは、夢が叶わずに登山途中で亡くなったとのことでした。シャルチャンさんはあくまでも自分の記録更新のためにチャレンジすると言っていたそうです。

自分に与えらた可能性に極限まで命をかけてチャレンジする姿勢は人々に勇気を与えます。

神は私たちにあらゆる可能性を与えておられます。

常識では80歳でエベレストに登るなど考えられないことですが、神に与えられた能力を最大限にまで引き出そうとするときに、人間的な限界をはるかに超えたことが起こるのです。

私たちが神のスケールで考える時、自分でも驚くような可能性と力が自分の中にあることに気がつくでしょう。

人間の力を後押しする神の働きを見る時がくるのです。

あなたの人生にも、常識を超えた奇跡的なことが起ころうとしているのです!

どんな時にも揺れない

私の目にはあなたは高価で尊い(イザヤ43:4)

私たちの価値は、私たちがどんなことをしているか、どんなものを持っているか、どんな評価を人々から受けているかによって決まるのではなく、私たちが本来どんな存在なのかによって決まるのです。

私たちはどこにいようと、どんなところに住んでいようと、何をしていようと、神の子供なのです。

神によって創られた一人のかけがえのない存在なのです。

私たちの価値観が、地位や、所有物や、人からの評価に基づいていると、自分の周囲のものにいつも振り回されて、気分が浮き沈みします。

聖書でも、イエスが人々を癒しているのを見ている間は、人々は彼のことを絶賛していましたが、群衆の彼に対する見方が変わると、人々は彼を十字架につけてしまったのです。

人は変わりますが、神は変わりません。

私たちの存在が変わらないものに根ざしている時、私たちの心はいつも喜びと感謝で溢れるようになります。

どんな時にも希望を失わず、喜んで毎日を過ごすことができるようになるのです!!

贈り物に追いかけられる

誠に、私の命の日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追ってくるでしょう。(詩篇23:6)

この聖書の言葉が何の抵抗もなくあなたの中から出てくるようになるとき、あなたの人生は確実に神のすばらしい働きで満ち溢れ、あなたはとても幸せな、充実した人生を送っていることでしょう。

神はあなたがどんな状況にあっても、あなたのことをいつも気にかけておられ、たくさんの良いもので一杯にしようとしておられます。

この言葉が心の中にいつもある時、内側は希望と期待で満ち溢れているはずです。

今、もしあなたがそのような状況でないのであれば、この聖書の言葉を1日に何回も繰り返して口に出して感情を込めて言ってみてください。

聖書の言葉には力があります。

あなたがこの言葉を何回も繰り返すうちに、心が神と繋がって、神の素晴らしい贈り物を素直に受け取ることができるようになります。

神などいなくても自分の力でなんとかするのだと言って、神の素晴らしい贈り物を自ら遠ざけている人がいます。

それはまるで、すばらしいプレゼントを前にして、「そんなものいらない!」と言っている子供のようなものです。

素直に、神の贈り物を受け取ってよいのです。

あなたが素直に神の働きに心を開くとき、あらゆるチャンスに目が開かれ、正しい判断力が与えられ、尽きることのないモチベーションが与えられ、驚くような平安で包まれるようになります。

一旦このすばらしい体験をすると、神の力と一緒に歩まざるをえなくなり、すばらしい人生が始まるのです!

これが2000年以上にわたって、聖書が人の心を捉え続けている理由なのです!

あなたもこのすばらしい世界を知ることができることを心から祈っています。

新しい皮袋

新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れなければなりません(ルカ5:37)

この聖書の例えはとても大切な私たちの心構えについて語っています。

皮袋は私たちの心です。

神の素晴らしい働きを受け入れるときには、私たちの心が神の方を向いて整えられている必要があるのです。

神のこれまでの働きに感謝すると同時に、将来の素晴らしい約束に期待するのです。

過去のうまくいかなかったことをいつまでも引きずったり、将来を不安に感じたりするか、神の働きに感謝し、将来に期待を寄せるかによって、あなたの中に入ってくるものが異なるのです。

ボロボロの皮袋にいくら良いぶどう酒を入れても、漏れるばかりで、何も残らないように、心が後ろ向きになって、神の恵みから離れていると、どんな神の素晴らしい働きも起こらないのです。

あなたの心を感謝と期待でいっぱいにするとき、驚くような恵みが次々とやってきます!!

理想と現実のギャップ

もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、「ここからあそこに移れ」と言えば、移るのです。(マタイ17:20)

私たちの信じる心は、それがどんなに小さなものであっても、神が道を開いてくださることを信じるなら、道は開かれるのです。

今日1日、今の瞬間に私たちにできることには限りがあります。

しかし、私たちが期待することのできる神の働きの大きさには限りがないのです。

限りある今の現実と無限の神の働きの間のギャップを埋めるのが信じる心なのです。

私たちが、人間の常識的なスケールを超えて、神の働きを心に信じる時、神が奇跡的な方法で、その理想と現実のギャップを埋められます。

そんなことは起こるはずがない、理論的にありえない、あの権威者が無理だと言っているのだからダメだ等々の周囲の人間の言葉を信じるか、神の常識を超えた、働きと力を信じるかはあなたの心の選択次第なのです。

実際にできることは限られていても、心が描くイメージのスケールには限りがありません。

理想と現実のギャップの大きさを気にせず、神の働きの大きさをいつも信じ続ける時、あなたの人生のスケールははるかに大きなものになるでしょう!

強められて平安を得る

この神こそ私に力を帯びさせて、私の道を完全にされる。(詩篇18:32)

この言葉は神が私たちの人生にどう関わるかを極めて端的に語っています。

まさに神は私たちに、力を与え、私たちの将来を導いていてくださるのです。

この人間の力をはるかに超えた神という崇高な力の存在を内に意識するとき、あらゆる心配は消え、本物の平安がやってきます。

それはまるでそれまで荒れていた海が、急に静かになって、凪の状態になっているような感覚です。

この静まった平安は、どんな人間が作った癒しの手法を用いても決して到達できない領域にあります。

しかも、自分の内にあるため、外からの影響を受けることがありません。

そして、どんな時でも、自分の意識を神に向けるだけで、一瞬にしてタダでこの平安が与えられるのです。

聖書はこの平安のことを「人知を超えた神の平安」と表現していますが、まさにその通りです。

世の中には、神の存在について様々な議論があります。

しかし、あなたが一旦この平安の感覚の素晴らしさを知るとき、そのような議論はどうでもよくなり、あなたはこの究極の平安が与えられることの素晴らしさをただ感謝するようになります。

そのとき、あなたの判断力は極めてシャープになり、いろいろなことの本質を極めて容易に見抜くことができるようになり、あらゆることに、的確に対処できるようになって、自分でも驚くような展開を見ることになるでしょう!

限界はどこで作られる?

イエスは彼らの不信仰のゆえに、そこでは多くの奇跡をなさらなかった。(マタイ13:58)

イエスが神の福音を伝え、あらゆる病の人を癒していた時のことです。

イエスは自分の郷里に帰って同じような働きをしようとしました。

しかし、そこの人々は、イエスの事を小さい頃から知っていたため、イエスをただの人としかみなさなかったのです。

そして、皆がイエスに癒しの奇跡なんかできるはずがないと信じていたのです。

神の子としてものすごい力を持っていたイエスでさえ、不信仰の人々の中ではうまく働けなかったのです。

私たちも、自分のことをよく知っている人の中にいると、気心が知れた仲間とともにいるために心地よいものですが、その反面、誰も私たちの中にある潜在能力に気づいていないかもしれません。

周囲の人にそんなことができるわけないよと言われているうちに、自分でもそう信じ込んでいるのかもしれません。

誰があなたの中にある能力に限界を作ったのでしょうか?

いつの間にか、周囲の言葉を何の疑いもなく受け入れていませんか?

気がつくと、自分で自分に限界を定めていませんか?

神はあなたの中に無限の可能性を見て、素晴らしい働きを用意されているのです。

あなたが周囲の人の言葉ではなく、神が語る言葉を信じる時、人生が変わり始めるのです!

ひたむきに前に向かって

後ろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、、、(ピリピ3:14)

新約聖書の中に出てくるパウロという有名な伝道者の言葉です。

この言葉こそが、私たちの人生に対するあるべき姿勢を明確に表しています。

過去の多くの神の恵みに感謝したら、あとは気にせずに、ひたすらに前に向かって進むのです。

いろいろうまくいかなかったことや、足りなかったことをいつまでも考えていても何も始まらないのです。

「ひたむきに」前に向かって進む。

これこそが、神の大きな働きを見るための鍵です。

前に向かって進むか、後ろを振り返るかという選択はあなた次第なのです。

今日何を食べるか、どんな服を着るか、どこへ行くかということと同じように、あなたが決めることができるのです。

後ろを振り返らずに、前に向かって進むと決めた時、今まで見えなかったチャンスに気がつくようになります。

そして、そうしたチャンスに働きかけるうちに、確実に道が開かれていくのです!

今、私は立ち上がる

悩む人が踏みにじられ、貧しい人が嘆くから、今、私は立ち上がる。(詩篇12:5)

あなたがもし理不尽なことがら辛い状況に追い込まれていたり、試練の中にあるのなら、この言葉はあなたのためにあります。

神は今苦しんでいるあなたのために働かれるのです。

四季の変化も、星の動きも、太陽の動きも、時間もすべて人間の力を超えたものは神がコントロールしているのです。

その神が、あなたのために、「今、立ち上がる」と言っておられるのです。

どんなに閉塞的な状況にいようと、どんな人間関係の問題の中にあろうと、神にとっては問題ではありません。

人間の力をはるかに超えた神の力が今働こうとしているのです。

神はいろいろな方法で働かれます。

あなたに素晴らしい出会いを与えたり、他の人の考えを変えたり、あなたの中に新しいアイデアを与えたりします。

もし、どんなことでも、自分にできることがあれば、即行動に移しましょう。

自分にできることにベストを尽くし続ける時、神があなたには手が届かないところに働き、道を開いてくださるのです!

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