ただ一人、また山に退かれた。(ヨハネ6:15)
新約聖書に登場するイエスは神の子と言われていますが、度々こうして一人で人がいないところに行って祈っていました。
大衆の中で華々しい奇跡的な働きをすると同時に、一人で、神とつながる時間を持っていたのです。
神の子供であるなら、いちいち一人にならなくても神と繋がっているのは当然だと思いませんか?
しかし、イエスでさえも、神との時間と取るために、一人の時間を必要としたのです。
私たちは普段の生活の中で、世間から様々な影響を受けます。
いろいろなニュースや、人の話、広告、新聞、本、他のメディア等々現代には本当に多くの情報があふれています。
イエスがいた時代には、テレビもラジオも電話も、メールもインターネットもなかったのです。
出会う人だって、歩いて移動できる範囲に限られていたので、そんなに多くはなかったでしょう。
それでも、神の子であるイエスが、世間の喧騒から逃れて、神とつながるために一人の時間をとって、祈っていたのはすごいことだと思いませんか?
ひとり静かに考える時間を持ち、神の導きを求めることによって、神とのつながりを深めることができ、神の計画を認識し、神の大きなビジョンを覚えさせ、確実に人生が変わっていくのです!
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