迅速な大量行動が実は聖書の教えを身につけるための一番の最短距離なのです。
多くの人は、聖書を読み始めると、まずその難解な時代背景を理解しようとします。歴史も文化も違う時代背景を理解するのは、私たち日本人にとって、極めて困難です。
そして、次に聖書に登場する多くのややこしいカタカナの人の名前を覚え、理解しようとします。日本人にとって、まったく馴染みのないカタカナの名前を覚える事もまた極めて困難です。
こうしたバックグランドを理解する事の難しさが、聖書の本質に近づくための難しさにつながっているのです。
聖書のパワーを知るための最短距離は、わからない事は飛ばすことです。
はじめは読み始めるとほとんど理解できません。
どんどん読み飛ばしてください。
そのうちに、1−2節だけふと理解できるところがやってくるのです。そうしたら、それを実生活に使ってみるのです。
聖書を実生活に応用する鍵は、無理に学ばないことです。
こう書くと多くの牧師先生に正しい理解ができなくなると言って、責められますが、聖書が語る神は、いつもあなたと一緒にいてあなたに近づこうとしておられるのです。
あなたが聖書に触れ始めた瞬間から神は、あなたに語りかけ始められます。
そのあなたの心の中に響くインスピレーションを大切にしてください。
聖書を初めから終わりまで、わからないところはどんどん飛ばして読み進めるうちに、今までわからなかったところが、急にわかるようになる時がきます。
まさに、神があなたに語ってくださっているのです。
その時に、教会に行って、いろんな人にあったり、いろんな聖書に関する本を読んだり、メッセージを聞いたりしてみてください。
ここでも、わからない時に無理に考え込まないことです。
そして、大切な事は、一人の人のメッセージに偏らないことです。すべてのメッセージには聖書に対する人間的な解釈が入っています。人間は神ではない以上、完璧なメッセージなどありえないのです。神はいつもあなたと共にいて、あなたの人生を最高のものにしようと待っておられることを忘れないでください。
あなたの心がエキサイティングで幸せにならないような教えは何か間違っているのです。
あなたが社会生活を送ることが難しくなるような教えは何か間違っているのです。
あなたが直感的に腑に落ちて理解できることこそ、神があなたに語っている真実であり、本当に人生に生きて役に立つのです。
人間的な理論を通して理解したことは、ほとんど実際の人生には役に立ちません。
徹底的に読み、聴き、人に会い、いろんなチャンスに迅速に働きかけてみてください。
あなたが頭ではなく、体で聖書の語ることがわかるようになる時、あなたの人生が変わり始めるのです。