百聞は一見に如かずだから、、、

信仰は望んでいることがらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。(ヘブル11:1)

信じるということは、目に見えないことを確信することです。

人は、自分が目で見ることのできるものは、容易に信じることができます。

人やものの存在は、あなたが目でそれを確認すれば、否定しようのない事実となるのです。

ところが、目に見えないものを確信することは、とても難しいのです。

特に、あなたが今大変な状況にあったり、希望が持てないような環境にいたりすると、神がどんな状況からもあなたを導き出してくれるとか、神が与えてくださる将来は素晴らしいとか言われても全く信じることができないのです。

その状況を変える唯一の方法は、徹底的に繰り返すことなのです。

徹底的に聖書の約束の、希望の言葉を何回も聞くのです。

「百聞は一見に如かず」と云う諺を逆に解釈すると、わずか一回見るインパクトを得るためには百回以上も聴き続けなければないのです。

この徹底的な繰り返しが神の奇跡的な力を体験するための鍵なのです。

神のものすごい力は、あなたがそれを拒絶しない限り、いつもあなたと共にあります。

しかし、それが見えないため、徹底的な聖書の言葉の繰り返し、刷り込みが必要なのです。

初めはそれが大変かもしれませんが、一旦あなたがその力の凄さを知ったら、あなたは徹底的な聖書の言葉の繰り返し、刷り込みをせずにはいられなくなるでしょう!

そして、どんな世の中のテクニックよりも、それが優っていることを知り、なぜ聖書が2000年以上も、人の心を捉え続けてきたかがわかるようになります。

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