揺るぎが止まるとき

主は私の光私の救い。だれを私は恐れよう。主は私のいのちの砦。だれを私は怖がろう。

詩篇 271

私たちの心は日々のいろいろなことによって揺れ動きます。

いろいろなニュースや、また自分のやることのがうまくいったりいかなかったり、人からの言葉によって気分が変動することがあるのは、私たち人間の本性です。

どんなことがあっても心が常に前向きで生き生きとしていたいと思いますが、人間である以上、誰にでも心の浮き沈みがあるものです。

ただ、その気分の変動を一時的なものにして、また心を整えて前向きになるか、その時の感情や気分に流されて、いつまでもそのままの状態でいるかの違いがあるだけのことです。

神につながることのできる大きな強みは、そうした心の動揺を一時的なものに抑えて、すぐに心を整えることができることなのです。

どんなことがあっても、「そうだ、私は神の子供なのだ」「世の中にどんなことが起こっても、神は全く動じることがなく、太陽を昇らせ、四季の変化を与え、あらゆる生き物に命を与えておられるーその神がともにいてくださって、私たちの人生を導いていてくださっているのだ」と言って、自分の人生を振り返って、神のこれまでの素晴らしい働きを思い起こす内に、いつの間に神への感謝が湧き上がってくるのです。

そして、心が感謝で溢れるようになるときには、もうあなたは一切の否定的な力から解放されて、神に与えられたビジョンを思い描き、希望と勇気が与えられ、この詩編の言葉が内から湧いてくるでしょう。

何も特別な他人からの励ましの言葉がなくても、状況が全く変わらなくても、あなたの心は神の力のよって変えられるのです。

そして、心が変われば、自然にあなたの態度が変わります。

人に接する姿勢が変わり、物事に前向きに真剣に、もっと集中して取り組むことができるようになり、決して諦めないようになり、結果的にいろんなことが好転し始めるのです。

人は、どうやって状況を変えようかと、やり方を一生懸命に学ぼうとします。

しかし、大切なことは、何をするか、どうやってやるかということよりも、心の状態なのです。

心構えが変わるとき、その他のものはついてくるのです。

聖書が2000年以上に渡って、どんなに時代が変わっても、人々を捉え続けてきているのは、聖書を通して、神に繋がった人々が心が変えられて、人生が変えられてきているからなのです!

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