感情を越えた働き

“怒っても、罪を犯してはなりません。憤ったままで日が暮れるようであってはいけません。”

エペソ人への手紙 4章26節

私たちはどんなに神様を信じていても、どんなに自分の意志の力が強くなっても、怒りや悲しみやまた、様々な感情が湧き上がってくるのは人間としては当然なことなのです。

しかしその感情をそのまま外に出すか、それともそれをコントロールして、違う方向に転換することができるかどうかが、人間としての人格または成熟度を示す尺度になってくるのです。しかし、感情のコントロールを全て自分の意思の力だけでしようとすると、自らの中に感情を閉じ込めてしまうことになり、結局はそこからストレスが生まれ、私たちの持っている本当の力を出せなくなってしまうことがあります。

否定的な悲しみや怒りや落ち込みといった感情が生まれてきた時、それを全て神の手に委ねるのです。

否定的な感情には理由があるのです。その理由の多くは私たち自身のエゴに根ざしています。正当に扱われず自分のアイデンティティを傷つけられたり、自分の期待と計画通りに物事が進まなかったりと、自分の考えや計画と現実の乖離から否定的な感情は生まれます。

そんな時には、自分の囚われた小さな考えから、神の大きなスケールに焦点を移すのです。

自分の周りで起こる全てのことは、どんな小さなことも、最善の神の計画の中で導かれているのです。

すべてのことを神の手に委ねてしまう時、特に大切だと思っていたことや、価値があると思っていたことも神の目からすれば、実はそんなに大きなことではなかったり、大きな問題や怒りの原因も、実はそんなに大きなことではなかったことに気がつくものです。

否定的な感情が生まれる時には、その理由がありますが、それを全て神の大きなスケールの視点から捉え直す時、私たちは自然とあらゆる感情を乗り越えて、神が与えてくださる平安の中で過ごすことができるようになるのです。

5/26/23 #552

コメントを残す

Proudly powered by WordPress | テーマ: Baskerville 2 by Anders Noren

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。